


2007年9月11日 9時25分
今朝、僕ら夫婦にとって、
生涯忘れることの無い、かけがえのない家族との出会いがありました
前日の朝、「おしるし」があって、
同僚と夕食(ラーメン)を済ませて僕が自宅に戻った23時頃には
ちょっと辛そうな妻の姿があった
ひょっとしたら?という期待と
陣痛なのか何なのかわからない痛みの状態で
若干余裕のあった妻
「とりあえず余裕のあるうちに風呂入っとこ」、
これが今となっては大正解でした
余裕があったのも、それも束の間で陣痛の間隔が徐々に短くなり、
妻の表情に余裕は一切なし
「大事な時に寝られたら困るから、今は寝ておいて」と言われたが
こんな状態で寝れるわけない…
会社に休暇の連絡メールを送って、
全てを見届けるために、3人で頑張ろうと誓った
陣痛の間隔を計りながら、
時折 病院に相談の電話をし、
ついに早朝の5時30分頃、タクシーにて病院に到着
個室(そのまま分娩する部屋)に通されて、
また引き続き陣痛と向き合う
くじけそうなったり、我を失いそうな勢いで苦しみながら
出産という現実(リアル)に戦っている妻
途中、廊下から女性の悲鳴がした。
あちらもまさに出産中で
妻にも声が聞こえたようで、不安で涙を流していた
だけど、数分後に廊下から聞こえたのは悲鳴じゃなくて、
元気な赤ちゃんの声
「こっちももうすぐ。同級生やな」という呼びかけに
苦痛の中でチラっと笑った妻にたくましさを感じ、
ふたりでもう1回涙を流しました
お義母さんが着いた9時前にはすでに子宮口は8cm
しばらくしてお産の準備がはじまりました
少しの間、準備のため廊下に出された僕とお義母さん
「え、もう生まれるの?私は陣痛と30時間一緒にいたのに…」
とお義母さんが連呼してたのが印象的でした
助産婦さんに促され、僕だけもう一度部屋へ
「いつか3人で見たいから」と相談して、
ビデオカメラを片手に妻の側に
その顔はさっきまでの苦痛ではなく、
むしろ安堵感でいっぱいでした
そして僕が部屋に入ってから15分ほど、ようやくその瞬間はきました
自宅でも、タクシーの移動のときも、病院でも
陣痛の様子を側で見ておきながら
何もしてあげれない自分の姿に腹が立ちました
本当に女性は凄い、偉大だと痛感するのと同時に
オトコはちっぽけだ、コンチクショーと嘆いた
だから、ずっと側に居てあげることだけに精一杯頑張った
きっとこの子も早く僕らに会いたいと思って
お腹の中で必死に頑張っていたに違いない
9時25分、元気で素敵な愛娘に出会いました
妻とも笑顔で会話を交わし、安心と感動で自然と涙がこぼれてました
予想どおり号泣です
我が子が生まれたかのように、
一緒に喜び跳ねていた助産婦さん達がとても印象的で
また感極まりました
僕の手で「へその緒」を切らせてもらい、
この子は妻の胸の上に
誰に教えてもらったのか、自然とおっぱいの方に寄っていき、
おいしそうに、上手にお乳を吸っている姿にまた涙
ときおり見せる「あくびの表情」が自分に似ていると感じた
母子とも健康で、安産でこの子はこの世に生まれてきてくれた
今日、何もできなった分、
生涯をかけてこの子と妻を守ることをここに誓います
これから起こる想像も出来ないたくさんの出来事を
3人でひとつずつ思い出にしていこう
今日はその思い出の大切な1ページ目
長い1日だったけど、生涯忘れること無い大事な1日
今日のこのビデオを3人で見る時が、今からも待ち遠しい
産んでくれてありがとう、生まれてきてくれてありがとう
ふたりとも愛してます
そうそう、やっぱり最初の第一声はこれでしたね
「穂香、やっと会えたね。待ってたんやで」
穂香(ほのか) 2007年9月11日 9時25分出生 48,5cm 2,628g